西川豊後守 藤原壽美惠
(にしかわ・すみゑ)

号:紫雲庵雪峰
(しうんあん・せっぽう)

1880?-1958


中萱熊野神社宮司
二木(ふたつぎ)、及木、七日市、真々部、上鳥羽、下鳥羽、本村、新田、成相、寺所、仮田、熊倉、中曽根、塚原、大野川の社掌・宮司兼務

東京にて
近衛陸軍騎兵軍曹

日露戦争に従軍、勲七等に叙せらる。

國學院講師
東洋姓名学会創始者メンバーの一人

富田松北に師事し「日本一ト口附」第二世を免許、第三世を手塚天逝に譲る。
情歌、俳句、短歌の宗道を兼ね、雅会門弟800人、雅号:紫雲庵雪峰。

豊科、明盛、浅間小学校訓導、明盛村在郷軍人会副会長。

長野県神社協会常務理事、同南安曇部支会長、全国神職会代議員

昭和天皇御大礼記念祭をはじめ県知事表彰三回、全国神社会表彰一回、
神社本庁第一回功労賞。

雲上流帖物・普通礼法を平岡・大塚両師より伝えられ師範となる。

●辞世の句(一口付)中萱熊野神社境内に門弟により建碑
「光るものは 滅前のひらめき」